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gleam with you

フィクションかもしれないし、ノンフィクションかもしれない

ひとりのじかん

呟き

お題「ひとりの時間の過ごし方」

オタク以外の普通の友達とは遊ばないし(あんま遊びたくない)、実家暮らしなもののご飯以外の時間で家族と接することもほぼないので、毎日ひとりで過ごす時間がかなり多いです!

基本的に何をしてるかなぁ。ツイッターで推しへの愛をはじめ、アニメや映画やその他諸々の感想をわめき散らすことが多いかなぁ。まぁ基本的にネットですね。後はダラダラと、ゲームぽちぽちしたり、アニメや映画を見たり、漫画や本を読んだり…。完全にインドアです。外にはあまり出たくないですね。私が外にでるには、化粧・ヘアセットをきちんとしなくてはいけないので…。すっぴんボサボサマスクでそこまで〜♪とか無理です。恐ろしいです。あれは顔面整ってる人しかできないと思います。非常に羨ましい。

あ、最近はドラマもよく見るかなぁ。去年の話になりますが、逃げ恥は面白かったですねぇ、最初は。私は恋愛ものが苦手なので、後半にかけて星野源とガッキーが恋愛特有の悩みにあれこれしてるのを見ると苦しくなってきて…。最初の頃は星野源に感情移入して「わかる、まじそれな」って感じで楽しんでいたのですが…無理でした。でもちゃんと全話見ましたよ!面白かったと思います。帰ったらガッキーがいる生活ってサイコーですよね…羨ましいです。

あとあと!今期はタラレバを見てます(現在進行形)。なぜ私は恋愛ものが苦手と言いつつ、恋愛ものを見るのでしょうか。チャレンジ精神が強すぎます。

🙆🏻‍♂️「君は苦手なものを克服しようとしているんだね!とっても偉いよ!はなまる!」

ありがとう。突然現れたお兄さん。てなわけで、昨日は学校をサボって溜まっていたタラレバを3話くらい一気に見ました。キツかったです…。みんな恋愛してる…。世の中の人はすごいですよね…。ウワァー!なんで私は恋愛ができないんだろうウギャーーーー!ってテレビの電源を消すかと思いました。でも6話のラストは素敵でした。吉高由里子速水もこみちに(先程からキャスト名を挙げておりますが、単純にキャラ名を覚えてないだけです)別れ話をする際、「辛い時に目の前に現れた救世主だと思った」的なサムシングを言ってたじゃないですか?(鳥頭なので、間違えていたらごめんなさい)あれが心に刺さって。私が彼に想う気持ちと一緒だなぁって。私が辛くて、生きてる意味がわからなくて、苦しんでいる時に、彼の声が心に響いて、彼が救世主に見えて、私を救ってくれるんじゃないかって。そこから私は彼を利用して、死ぬ時まで生きようとしているのです。別に私は利用することは悪いことじゃないと思うんです。けど私と彼は「買い手」と「商品」という関係であり、吉高由里子速水もこみちは「恋愛相手」という同等の関係なんですよね。難しいなぁ、恋愛って。

でも吉高由里子は、速水もこみちに合わせて、苦手なフランス映画を見たり、ジョギングに付き合ったりしてとても偉いと思いました。私は生きていく上で自分の意志を大切にしているので(自分がクソなくせに)、嫌いなものは嫌いとハッキリいうタイプです。なので「フランス映画見ない?」と言われたら「ごめん、フランス映画は苦手なんだ。でもチャレンジしてみようかな(フォロー)」と言っちゃうと思う。世間の皆様はそうやって人に合わせて恋愛をしているんだなぁと思ったら、やっぱり私には恋愛をする資格がないと感じました。

うーん、最後はお題に逸れちゃったけど、もういいや!ええいままよ!

幸せへの変換

たぶん私はこれがうまくできない。

例えば、私が服やら靴やら…まぁ自分が身につけるものを買うとします。それらを着用することによって得られる、「幸せだなぁ」と感じる得点って100ある内の〜10くらいなんですよね。可愛い服を着て、靴を履いて、それに見合う化粧やヘアセットをしても、鏡の中にいる私は醜いので。これが、元から美しい人である場合、「私!幸せ!ルンルン!」と感じる得点は100以上になると思うんです。

つまり私は、身体醜悪であったり自己肯定感の低さから、本来嬉しいと感じるべきことをうまく変換できず、苦しんでいるわけです。それは自業自得なのですが。

まぁ今回は仮に「幸せ」と定義しておりますが、幸せなんて人それぞれ違うわけで。私の語彙力の低さもあるので、もしこの記事にたどり着いてしまった不幸な人は、真面目に受け取らないでくださいね。

不幸と言えば。

最近思うのですが、私にとっての「不幸」とは誰かと「幸せになる」ことであり、逆に私にとっての「幸せ」とは誰かと「不幸になる」ことなんじゃないかな。私は、そんなことは起こり得ないとは理解しているのですが、誰かにプロポーズされた時に、「君を幸せにする」とは言われたくないです。私は「一緒に不幸になろう」と言いたいのです。おてて繋いで一緒に死んでくれる人、それが私にとっての救済なのかもしれません。

立っていることさえできないから、あなたの夢にもたれて生きている

先日彼が出演したライブを映画館で見ました。安定の茶の間です。許してください。けれど画面越しになりますが、彼の力強い歌声は会場に響き渡り、そして電波を通じて、私の耳に届きました。私はその時立つことさえままならないほどに彼の歌声に痺れましたし「生きててよかった」と心が震えました。同行した友人は彼の見た目を褒めていましたし、レポを覗くと多くの人が彼の投げキッスだのなんだのといったパフォーマンスを褒めていましたが、私は改めて彼の声が好きだなぁと感じました。正直彼のことは普通にかっこいいと思いますが、苦しかったあの時、私の耳から伝わって心を救ってくれた彼の声が大好きなんだと、そう思いました。(念のため、私顔ファンじゃないですよアピールではないです。顔ファンでもそうでなくても結局は金を落とすファンが一番彼のためになると思います。なので私は虫ケラ以下です)LVでさえこんなんなのに現場で彼の声を直接聴いた時にゃ私はどうなるのでしょう。茶の間並みの感想。昇天するのかな。それこそ本望なので、天に召されるためにも、遠征しても元気でいれる体力をつくるため、お金を生み出すため、まずは健康になれるよう頑張りたいですまる。彼の声帯〜〜〜!俺と結婚してくれ〜〜〜〜〜!!!!!!

そして私は次の日、初めて精神科を受診しました。これは私の計画において外せないタスクであるので、暇で考える時間がある今のうちに初診を済ませておこうと思い「なぜ私がこんなことをしなくてはならないのだろう」(矛盾してますね)と苦しみながらも電話で予約をとったことを覚えています。当日、私は不安で不安で仕方ありませんでした。でもエセメンヘラでもガチメンヘラだとしても白黒はっきりさせたいし、できることならお薬をもらいたかったので、彼の歌声を聴きながら彼へ送る手紙の内容を考えたりして踏ん張っていました。待合室にいた人たちは見た目が普通の人たちが多かったです。あと付き添いの人が意外と多いことに驚きました。そんなことをぼんやり考えていると、先生との対面の時間がやってきました。先生は優しそうな女性の方でとりあえず一安心。家族構成や今までにかかった病気について、今の症状などいろんなことを聞かれました。一応事前に言いたいことをあいぽんの方にはメモしていたのですが、それを見なくともコミュ症なりに言いたいことは伝えられたと思います。あと自分でもびっくりしたのですが、いや、以前からそうだったのですが、家族のこととか過去のこと現在のことを話してるうちに涙がポロポロ溢れてきて。それらが自分にとって辛い出来事だったから泣いているのか、それすらわからなくて少しパニックになりました。そんな気持ち悪い私に先生は「あなたは感受性が豊かで、きっと周りの人よりも物事が見えすぎてしまうのね」と言ってくれました。や、優しい…そんな良い風に言ってくれるんですね…さすがです。ははー。そうだ!このブログはすぐ忘れる鳥頭の私のきったない覚え書きのメモとして活用していきたいと思うので、あいぽんのメモでも貼っておこう。

・気分落ち込んでる時に飲む薬と、眠れない時に飲む薬がほしい!
・不定期だけど、気分が落ち込みすぎて何にも手につかない時が月に何回かある。生理の周期とは関係ないと思う。詳しく言うと、勉強も食べることもうまくできなくて寝るのもうまくできない。箸を床に落としてしまったり、小指をぶつけたりするだけで泣いてしまう。歩いていく最中、理由はわからないけど辛くなって立ち止まる時もある。日常生活に支障がでるので薬がほしい!そもそも薬でこういう気持ちを抑えることはできるのか。
・基本的に謙虚というか「自分なんて生きててすみません」と思って生きているのに、突発的に、わがままで自己中心的な考えに切り替わって、頭の中が混乱することがある
・高校生くらいからずっと死にたいという感情はある。家族ともうまくいってない。親は色々とよくしてくれていて、このままの私じゃダメだよとかこれからがんばろうとか言ってきてくれるけど、こんなこと親に言わせるくらい私は人間的にダメだし上手に生きられないので死んだほうがいいなぁと思う。

まぁこんなことをどもりながら先生に伝えると、ハッキリとは言われませんでしたが、躁鬱であることをほのめかされました。でしょうね。なんとなくそんな気はしていました。そんなこんなで対話も終わり、お薬を処方されました。デパケンソラナックス…ぽ、ぽんこつでは…。いや、知識とかあまりありませんがそんな気がします。しかもデパケンに関しては一回量が100mgです。そんなもん効くのか?そうです、効いてません。処方されて数日、寝る前に飲んでいますが一向に効果が見受けられません。むしろ初めて飲んだ次の日は朝から躁!まさに躁!って感じでした。オメェ…(激怒)きっと先生は様子見で処方してくれたのでしょうけど、これはいかんですよ!おこ!(ブスが言うと可愛くないですね)しかも副作用の食欲亢進のせいか、食べたくもないお菓子をばくばく食べまくってしまい太りました…死にたいです…私は周りよりも少し痩せていることだけが唯一の長所なのに…死にたいです…。でも不安時に飲むように言われたソラナックスは効いたと思います。ぐっすり眠れたし。まぁ効果はすぐには現れないことも理解しているつもりですが、来週の診察時には一応その旨を伝えようと思います。

そしてそんなこと(デパケン100ごときで効くわけないじゃん。むしろ躁が悪化してんじゃん。なんなのこれなんなの)を考えながら、彼の声に生かされる毎日を送っていたのですが。が。今日、私にとってある事件が起こりまして。それは彼が女性にとあるセリフを言ったことがあるという過去をぶちまけていて。(ちなみにその媒体が公開されたのは随分前のことです。彼のことに関しても、私は何かのフタを開けて物事を知る行為にかなりの勇気を要するみたいです。クソ)私はその言葉を聴いた瞬間、ウギャーーーー!と頭がぐちゃぐちゃになりました。ちなみに私はガチ恋では、ない、と思います、現時点で。なんていうか彼も生きているんだと実感したんです。いや、当たり前ですけどね。生きてるから彼は作品を生み出してくれて私はそれを買って精神安定をはかっているんですけどね。たぶんウギャーーーー!となったのは、私はずっと恋愛ごとが苦手で気持ち悪いと思って生きているので彼の言葉に素直に拒否反応を示したのでしょう。そして先ほど述べたように彼も普通の人間として、好きな人ができて告白して付き合ってキスをしてうんたらかんたらな人生を送ってきたんだなと思ったら、その普通ができない私が彼を光として讃えて生きていくのが申し訳なくて申し訳なくて。なんかもう、なにもしてないのに疲れたなぁ。生きててもいいのかなぁ。でもまだまだ計画を遂行するために死ねないなぁと思いつつ、いま現在心を落ち着かせるために文字を打ち込んでいるのです。あー指が疲れた。おやすみなさい。

矛盾

彼は私が生きていく中の光あるいは希望であるものの、私が死にたいと願う時に生に縛り付ける枷であり絶望だ。私が勝手に希望と称しているくせに、絶望だなんて言って泣いたりしてごめんなさい。君は何も知らない。私のことなんて知らない。だけど知らないうちに、私が生きていく中で前を向いて歩いていくために目の前を照らす光にしている。ごめんなさい。気持ち悪い私の人生に登場させてしまってごめんなさい。気持ち悪いよね。こんなこと思ってるオタクがいるなんて。私は君を利用してるんだ、勝手に。それなりにそれ相当の対価は払ってるつもりだけど、やっぱり罪悪感しかない。でも私には、生きるために、死なないために君の存在が必要なんだ。君の存在が眩しい。君の声を聞くだけで目の前が明るくなる。がんばろうって思える。様々な人物を演じている君の声も、演技をしていない素の君の声も、やっぱり私にとって光であり、希望だと思う。ありがとう。ごめんね。

痛み

呟き

おはようございます。1月12日(木)、今日も朝から憂鬱です。死にたさしかありません。昨日のアルコールのせいか、喉や舌が乾いています。頭も重いです。物心ついてからずーっと頭が痛いし重いです。偏頭痛持ちなのですが、それとは違うやーつです。きっと精神的なやーつです。糞。総じて私の人生は糞。人生ハードモードです。学校に来れただけでも偉いでしょ褒めろという傲慢な気持ちと、なんでみんなが当たり前にできていることができないのか死にたいという謙虚(?)な気持ちが脳内で瞬間的に切り替わって混ざって、非常に気持ちが悪いです。帰りたい。今日はクリアしなければならないデイリーミッションがハードすぎて、ミッション選択の時点で憂鬱です。死にたいです。彼の声を聞いて残り7時間を過ごしたいと思います…。それでも憂鬱が過ぎます。無理すぎます。いつからこんなに弱くなってしまったのでしょう。高校生の時も割と精神的に不安定で、親とぶつかり、部屋中のものをなぎ倒して暴れまわっていたことを思い出しました。黒歴史です。同時にその頃はビジュアル系に出会って、爆発しそうな鬱屈な感情を発散できることを覚え、まぁそこから私の趣味に頼って生きていく生活がスタートしたわけですが、化粧や服装や言動がマジで黒歴史だったので、今思い出して死にたい気持ちが2.5倍増しになりました。うぅ…。それまではイジメられたり人とうまく関われなかったり病気になって入院することはもちろん(は?)ありましたが、精神的に安定したふっつーの生活を送ってきたと思うのですが、いつからこうなってしまったのでしょう。いつから私の人生は狂ってしまったのでしょうか。きっと遺伝子レベルから間違っているのでしょう。死にたさしかありません。こんな心情の時には彼の声が心に染み渡ります。うぇへぇ。うー、ストレスを発散したい。先ほど述べたように、高校生の私のストレス発散法は家具を倒したりなど「なにかを破壊すること」でした。あと充電器のコードを首に絞めつけてたりもしていました。親とぶつかったり自分に嫌気がさして号泣してパニックになったときに、携帯を充電器から投げ捨ててコードで首を絞めると、不思議と冷静になるし落ち着いたのでよくやってました。けど現在はというと、高校生の時よりも金銭的余裕が生まれたのか、服や化粧をアホみたいに買って(といっても貧乏なのでたかがしれてます)「自分を着飾ること」に変わっていきました。きっと年齢を重ねるにつれて、身体醜悪的な感情も一緒に成長したんだと思います。あー、服買いたい。キラキラしたものに包まれていると落ち着きます。例えそのマネキンがとんでもないモンスターだとしても一瞬の幸せを与えてくれます。まぁすぐに顔面とのギャップに死にたくなるんですけどね。意味ないやん。あ、そういえば年末年始にメンタルと体をやられて食欲が落ちて食べなかったせいか2㎏痩せました。すっごく嬉しいです。結局体重ではなく見た目が美しいか美しくないかが大事なんだと思いますけど、すっごく嬉しいです。数字っていいですね。数学も物理も大好きでした。公式覚えれば100点取れる科目なので好きでした。逆に国語みたいに心情を述べよみたいな科目は苦手でした。みんな思うことはバラバラなのに、ひとの気持ちを一つに限定して採点するなよとキレてました。まぁ現国の先生が苦手だったことも大きな理由に挙げられますが。

と、脳内に湧き上がってくる感情をそのまま書いていったら支離滅裂もいい文章になったのでそろそろ終わります。今日も1日がんばりましょう、死なない程度に。

言葉の意味

お題「ブログ名・ハンドル名の由来」

ブログ名である「gleam with you」、さっきGoogle先生に翻訳を頼んだところ「あなたと光ります」という意味らしいです。びっくりこきました。なぜかというと「gleam」という言葉は結構私の中で重要なものでして。なのでこの言葉は絶対使いたいな〜よし使ったれ〜あと「gleam」と一緒にいるあなたって言う意味合いで「with you」ってつなげるか〜できた〜こんなもんでええやろ!と適当に決めたが運の尽き、予想していたものとは真逆の意味になってしまいました。

「gleam」は「かすかな光」という意味(らしい)です。これは、私が生きていくために目の前を照らしてくれる希望である彼のことを指します。

なので「gleam with you」は「かすかな光とともに輝くあなた」というガバガバな意味合いでつけたのに、「あなたと光ります」だなんて。笑えます。いや、笑えません。私が漂っている暗くて深くて汚れた海底に差し込む希望という光である彼が輝いている姿を見ることだけが幸せだと思っているのに、結局のところ、海底からあがって彼と同じように光の照らされた場所へ行きたいと願っていたのでしょうか。

 

地獄

呟き

さて、なにから書こうか。突発的にかの有名なはてなブログを始めたは良いものの文字を打つ手は止まっている。脳みそはパンクしそうなほどに、汚く、重く、ドロドロとした言葉でパンクしそうなのに。

年が明けて、リア垢では「ハッピーニューイヤー✨」だの「今年は成長できる一年にしたいです😌💓」だのはしゃぎにはしゃいだ文字列がスクロールするたびに私の眼球を攻撃してくるのに、なんでこんなにも鬱屈な気持ちでいなければならないのだろう。

振り返ると年末から駄目駄目だった。何をするにもやる気が出ない。友達とカラオケでライブDVDや2.5次元ものの舞台を見て、うぇ〜〜〜〜〜いと盛り上がっても、それは一時的に痛みを和らげる麻酔のようなもので、ずっと苦しかった。何に対して苦しいのかはわからない。漠然とした将来への不安に対してかも知れないし、鏡を見ればいつもそこにある私の醜い顔面に対してかも知れないし、せっかく染めた髪色を黒に戻さなくちゃいけないことも理由に挙げられるのかも知れない。

とにかく私は死にたかった。色んな不安や気持ち悪さが重なりに重なって、大晦日の朝に爆発してしまった。それは父親と母親を巻き込んだ大爆発である。その事件を受けた私の本垢のツイートは大荒れもいいところだった。地獄か?そうだ、私はそんな地獄をここに置いておこうと決意してはてなブログを始めたんだ。地獄の釜の蓋、開きま〜〜〜〜す(非常に笑えない)

私は死にたかった。ずっとずっと死にたかった。いつ頃からだろう、私は漠然と25歳になったら死ぬのだろうと思って生きてきた。毎日が退屈だった。死にたいと思いながらご飯を食べて、死にたいと思いながら電車に乗って、死にたいと思いながらあたたかいベッドで眠るのだ。こんな私に、そんなことは贅沢だ!君の考えは間違っている!と説教する人もいるだろう。でも、そんな毎日を気づけば5年は送っている。なぜそんなに死にたいのか、考えてみた。

きっと結局のところ私は誰も信じることができないんだろう。それが会ったことのない他人も、友人も、家族も、自分自身でさえ。人を信用できないから、愛すこともできない。人を信用できないから、愛されることもわからない。なんて悲しい人生なんだろう。私の周りの人は少しずつ大人になっていっている。恋をして、その気持ちを相手に伝えて、付き合って、時には喧嘩をして、そして結婚して、長い間連れ添って、一緒に幸せに死ぬのだ。私はそれがとても気持ち悪く感じる。いや、私だってそんな幸せな人生を送りたいはずなんだ。でも自分の殻に閉じこもってばかりで、ずっと一人で泣いている。今までの人生、ずっと一人で泣いている。そんな私に優しく声をかけてくれる人もいた。「一緒に外の世界に出てみよう。あなたはかわいい、綺麗だ、美しい。自信を持って。今ならまだ間に合う」そう言って差し伸べてきた手を私はことごとく振り払ってきた。なぜなら私は醜いから。外面だけでなく内面も醜いモンスターであるから。いくら友人が酒やお菓子をばくばく食ってオールしてどんちゃん騒ぎをしている間に、栄養バランスの良い食事を食べて運動をして夜更かしもせずに早く寝ても、心も醜い私はいつまでたっても友人よりも誰よりも醜いモンスターなのだ。そんなことはわかっているし、変えられない事実だ。泣いていいですか?(小声)だからこそ、声をかけて手を差し伸べてくれる人たちの見え見えの優しい嘘が、心に深く突き刺さって、その手を払ってしまう。ますます私は自分の殻に引きこもった。

きっと私は今の私という存在になってからずっと暗く深く汚い海の底を漂っている。自分の口から発した言葉や誰に何を言われても断固として変わらない思想という重りに縛られたまま。誰か私を助けてほしい。こんな場所からでも微かに見える、天に差し込む一筋の光から誰か手を差し伸べてって願っている。助けてほしい。誰か私を引き上げてほしい。助けて。助けて。でも私はその奇跡の手を何回でも振り払うのだろう。そう考えたら、一体何をしたいのか、何のために生きているのかがわからなくなってきた。そんなことを考えながら、大晦日、私は一人ベッドの上で泣いていた。この後に決意したことは、例えぽんこつで鳥頭の私の脳みそでも忘れないと思っているので詳しくは記述はしないが、死ぬと決めた日まで死なないことを目標に生きることにした。その計画書は私の胸の中にあるし、これからさらに構築していかなければならない設計書でもある。私は死なないためにもある人を私の光として崇め讃えることにした。前から好きだったけど、何をすればいいのかわからず一人布団にくるまっていた私の耳から彼の声が伝導して私の心に強くあたたかく響いたのだ。救世主だと思った。だから彼をより一層好きになろうとした。だって私の光だから。

話は戻るが、私は人を信じることができない哀れな人間(ってカテゴリにしていただきたいです、まだ)である。けれど私だって恋愛とか友情とかなんでもいいから誰かを心から信用して愛してみたかった。でもそれができなかった。その代わりが二次元のキャラや芸能人だ。一方的に愛するだけでいいから、レスポンスは返ってこないだけの関係でいれるから。それらの存在が死にたいと毎日思っていたかつての私の心の支えでもあった。けれどそんな彼らでさえ、私は深くまで知りたいとは思わなかった。気持ちが悪いのだ。幼い頃から、対象を知れば知るほどに気持ちが悪くなる。これは心理的な問題だ。だけど、そう思っていたけれど、もういいやと思う。もうどうでもいい。彼を知りたい。彼は光だから。これから目を背けていた事実も受け入れて、光として崇め讃える彼を利用して生きていこうと思う。これが私の地獄であり、生きる世界です。

何言ってるかわかりませんね。私もわかりません。脳内に浮かんで溶けていることをそのまま文字として打っているので。

これから私は短い間だけど生きていきます。がんばりましょう。