gleam with you

フィクションかもしれないし、ノンフィクションかもしれない

食べろという声に逆らえない

カショオの話。

スーパーやドラッグストアで並んでいる食べ物やお菓子を見るのが好きだ。なにを食べようかなとワクワクする。これとこれと、あれもいいな、それと、あポイント5倍なんだ。だったらあれも買って全部食べよう。

 

〈2017.9.23の日記〉

頑張れって言われてもこれ以上頑張れる身体じゃないし、生きてって言われてもこれ以上生きる元気もないです。いいよね、善人のふりして簡単に頑張れとか生きてとか言えるんだから、そのあとの責任もとれないくせに。あなたには頑張ってない風に見えるかもしれないけれど、私はこれでも毎日頑張ってます。薬なんか飲みたくないけど毎日ちゃんと飲んでるし、仕事も体力的にも精神的にもきついけど毎日出勤してるし。それが甘えだと言われて、生きたい人もいるのにって説教するなら、そんな私をどうにかしてください。

 

家に帰って、ガサゴソとレジ袋をあける。たくさん買ったなぁ。お昼ご飯をたべる。お腹はいっぱいだ。ほんとはもうなにも食べたくない。けれどそんな心の声を無視して、私の脳は命令してくる。食べろ、食べろ、食べろ、食べろ。

 

〈2017.9.13の日記〉

私は多くのものは持ちません。例えるなら、本当に大切なものは1つか2つしか手に持ちません。だからその他のものが他人によって壊されたりしても全然いいんです。某物語の主人公ではないけれど、どーでもよいものだけ貸すんです。だから帰ってこなくてもいいんです。

 

〈2017.9.3の日記〉

リビングで両親が揃って笑顔でドラマ見てる同じ階のトイレにて鍵かけて慣れた手つきで喉に指突っ込んでオエオエ行ってないさっき食べたもの便器にぶちまけるのめちゃくちゃ虚無すぎてめちゃくちゃおもしろい、レッドカーペットなら満点大笑いでしょ💯死にたいd(^_^o)助けてd(^_^o)?「無理で〜〜す」もうなんにも食べたくないよ〜〜…きもちわりーよ。なんで過食したんだよ。頭痛いし目も痛い。吐いたおかげで過食したけど痩せピッピ😍💯🙌☠️☠️☠️☠️☠️☠️☠️☠️☠️☠️☠️☠️☠️☠️☠️

 

食べる。自分の手がお菓子のパッケージを開ける。ぶっきらぼうにそれをつかんでは口に運ぶ作業。楽しくない。お腹だっていっぱいで苦しい。けれどやめさせてくれない、自分が。だって食べてないといろんなことを考えてしまう。食べている時だけは嫌なことを忘れられる。一時的でもいいんだ。脳が命令する。もっと、もっと、もっと、もっと。

 

〈2017.8.20の日記〉

過食なんか楽しくねーよ 食べるのセーブしなきゃってそんなこと私だってわかってんだよ けど食べなきゃダメじゃん?だって脳がそう命令してるんだもん どんだけ食べ物のにおいにウッときても気持ち悪くてもそれらを食べなきゃいけねーんだよ くそ。なんのために生きてるのかがまじでわからん どうせ数年後には死ぬって決めたんならこんな普通の人みたいな道に進まなければよかった 私みたいなダメ人間が普通の人みたいな人生模倣しなければよかった ほんとうに無理です。

過食するぽくにマッマが注意するけどぽくは理不尽にキレる 地獄

?「ねぇ、そんなに食べて大丈夫なの?」

?「こんなにアホみたいに食べて大丈夫なわけねぇだろ 大丈夫じゃねぇことくらい私が一番わかってるわ」

クソ?

よいこのみんな〜〜

過食は4376735353535353535353535害あって一利なしなのでやめようね!

かわいいという暴力で殴る蹴るなどをしたかった

かわいいは正義だ。

かわいいもの、それはキラキラしていて、甘い砂糖菓子のようで。かわいいというだけで、画像を保存する指先。それってすごいことじゃないですか?

だって醜いものは、目を背けたくなるでしょう。あなたのその指先は、あなたの持ってるスマホにその画像を保存したくないでしょう。

顔面にとってのかわいい、それはただのパーツ配列。けれどその配列が人生を決めてしまうのだ。私はブサイクなのですが、その遺伝子配列のATGCによってどれほど悩まされてきたでしょう。

なら整形すれば?それも一つの選択肢だと思います。悪いとも思ったことがありません。けれど私にとって違うのです。私は憎むべきこの醜い顔でまずかわいくなりたいのです。

私は物心ついたときからこう言われてきました。「脚が綺麗だね」と。は?こいつ急に自慢かよと言われるかもしれません。けれど違うのです。脚が綺麗だということは、その人が一番最初に見るべきであろう顔を無視しているのです。最初は私も喜んでましたが、スタイルを褒められるたびに沈む心がありました。だってスタイルのいいブスなんて、かわいい顔面には勝てないのです。かわいい顔面は痩せてても太っててもいいのです。そしてこうも言われました。「ブス」と。自分が思っているのと、他人から悪意のある真実の言葉を向けられるのとでは違うのです。はじめてブスだと言われた瞬間、私はショックでショックでたまりませんでした。その頃から私はブスという言葉に囚われています。私ってブスなんだ、そうなんだ、かわいくないんだ、愛されないんだ。かわいいになりたい。ブスだと言われたこの顔で、かわいいになりたい。

私はそこから化粧を勉強しました。スタイル維持のため、毎日欠かさずマッサージやストレッチを行なっています。それで私はブスから、ある程度見ることのできるブスになりました。ツンケンした態度から愛嬌のある態度に変えました。でも、だからなんだというのです。周りの態度は変わりました。褒められることも多くなりました。でも私はずっとずっと美醜に囚われているのです。誰になんと言われても、私はかわいいにはなれないのです。だって心が醜いから。ブスだと言われたあの日から、私の心は醜いのです。

ああ、かわいいに生まれたかった。元の顔がかわいいでありたかった。かわいいでたくさんのものを殴って蹴ってめちゃくちゃにしたかった。

私はいつまでもかわいいに囚われているのでしょう。悲劇のヒロインぶってもいいじゃないですか。だってこの醜い顔と心を愛せるのは自分しかいないから。いつだって私は自己嫌悪の自己愛者だから。

 

f:id:pink_gleam_you:20181104200600j:image

f:id:pink_gleam_you:20181104202124j:image

f:id:pink_gleam_you:20181104202129j:image

 

 

 

上っ面で生きてる顔面についてるその眼球が上っ面の人間を見た瞬間、やっぱりこの世界で生きていきたくないなと思う

急に虚無になりました。安定の情緒不安定。他人のことなんてしったことか。そりゃ私だって世界で生きていくわけだし、人を傷つけないように気をつけている。その逆、人から傷つけられた時は、しょうがないと思う。その人はそういうしょうがない人間なのだ。しょーもない。怒る気力にもならない。悲しくもならない。学校で毎日呼び出しを食らって、お前はブスだな調子乗ってるだの言われた私にはなんにもならない。陰口がなんだ。勝手に言っとけ。直接言われたら悲しい。悲しいのが嫌だ。おめぇはなんなんだよ。人の容姿や性格をけなせるような、聖職者のような清い心と抜群のスタイルや美貌を持っているのか。ちげーだろ。世の中信用しない方がいい。そう思ってきて、でも信用するのもいいのかもと思えてきたのに、でもやっぱり現実は現実で私を殴ってくる。やめてと言ってもそのドロドロした悪意はまとわりついて離れないし。もうこの世の中がいやになる。私は理想があるのだ。けどその理想が叶わないことなんてわかってる。うるさいうるさい。自分の願望に縛られている自分がいやだ。しんでしまいたい。この世でうまく生きられない。綿でも傷つくのです、臆病者だから。薬だって増えている。新しい薬をためしてる。これがなんの意味があるのか。いつまでも続く道のりは長くて長くて暗い。

崩壊する前に自死を選ぶタイプの人間

もしも、明日地球に隕石がぶつかって、全人類がおだぶつするとわかっていたら、あなたは最後の瞬間なにをしますか?

私は自分で自らの命を絶つと思います。

それは逃げです。自分の人生という運命から逃げるということです。弱虫だと言われるかもしれません。だからなんなの?私は自分の幸せを守りたいだけなのです。

 

f:id:pink_gleam_you:20181015104024j:image

 

最近ずっと考えてしまいます。もしも私にとっての神様がいなくなってしまったらどうしよう。どうしよう、どうしよう。どうもできない自分、どうにかなってしまう神様たち。崩壊していく世界。私のすきだったキラキラしたもの。なくなっていくもの。私のブサイクな泣き顔。神様たちはどんな顔をするのでしょうか。

 

f:id:pink_gleam_you:20181015104214j:image

 

神様たちがいなくなってしまった世界に海があればいいなぁ。そうすれば私は死ねるから。こんな私に死なないでといってくれる人もいます。だったら死なないような鎖を今すぐつけてほしい。洗脳してほしい。生きててもいいんだよって。わたしのちっぽけな存在はどこに向かえばいいのでしょうか。右を見ても左を見ても真っ暗な世界で、神様たちだけが光だったのに。私は一人で立っていけないのです。弱者なのです。だから光を求めているのです。

 

 

 

 

私ちゃんと躁ちゃんと鬱ちゃんのお散歩

私ってなんなんだろうね。

私ちゃんはポツリとつぶやきました。最近また私ちゃんのそばに現れた、躁ちゃんと鬱ちゃんはダンマリを決め込んでいます。

私ちゃんは私ちゃんだよ。わかんねーの?

沈黙が嫌だったのか、躁ちゃんはぶっきらぼうに口を開きます。

わかんねーから聞いてんだよな。

私ちゃんもそれに応じます。

私って、この目を鼻を口を輪郭を髪質を手足を、してるから、私なのかなぁ。あのアイドルが好きだから、この料理の味が好きだから、その言葉が嫌いだから、私なのかなぁ。もし私がそうでなくなったら?薬の力で思考の方向転換によって、こんなめんどくさいことを考えなくなっても私なのかなぁ?私ってなんなのかなぁ。前に進むことも怖いし、立ち止まることも怖いし、どうしたらいいんだろう。

そんなクッソどーでもいいことで悩んでる私ちゃんを、鬱ちゃんはその手を引っ張って言いました。

ちょっと、お散歩に出かけようか。

そのドアは突然三人の前に現れました。ドアノブを回して前にやると、どうやらそこは過去の私ちゃんたるものの映像が、草原や花畑や沼に落ちていました。

私ちゃんは、鬱ちゃんと躁ちゃんに手を引っ張られながら、足を一歩一歩と動かします。

それは病室で点滴を打たれながら笑っている3〜4歳の私ちゃんでした。「私全然覚えてないよ」「でも笑ってんじゃん」「笑ってるね」「記憶はないけど、確かこれは親戚からポケモンの万歩計みたいななのもらったんだよなぁ」「みんなうれしそうだね」「この頃生きるか死ぬかわからない時期だったらしいよ」「みんな私ちゃんが生きることを望んでたんだね」「今、死にたがりなのにね」「ウケる」「クッソ罰当たりじゃん」

それはいじめられて悲しんでる中学生の私ちゃんでした。「まぁこの原因は私のクソひん曲がった価値観もあるからね、どっちが悪いとかないよね」「あっ、スーパーの屋上にも呼び出されてんじゃん」「プライベートでもいじめとかキッツ」「その時、こんな可愛い服(お前のクソみたいな顔面には)似合わないからやめな、って言われて、家に帰ってお母さんごめんねごめんね、って言いながら脱いだなぁ」「お母さん可愛い服選んだのに不憫すぎだろ」「カワイソス」「まぁこの経験があったから、無意識に人を傷つける以外で、人を傷つけないように行動しなきゃなって学べたからいいけどね」「ポジティブすぎんだろ」「まぁ当たり前のことだけどね」

それは自己嫌悪がさらに激しくなってきた大学生の私ちゃんでした。「鏡を覗くとブスがうつって、ショーウィンドウにも車の窓にもスプーンにも、恐怖を覚えていた時期です」「病気かよ!」「あと包丁向けられて死のうと言われた時から包丁恐怖症なのに調理の授業受けててわらう」「トラウマを克服しようと思ったら無理だった」「ウケる」「この頃から人生諦めてたね、どーでもいいやって」「それでついに卒業する間近に爆発して、死ぬことを決意したんだよね」「はてブロも推しも死ぬために生きていくための支えだったなぁ」「ふーん」

そのあとも三人でいろんな私ちゃんをみては、笑ったり、悲しんだり、哀れんだり、しました。

どうだった?

どうだったと言われましても…。

と私ちゃんは鬱ちゃんに告げます。

答えはわかってるでしょう。私ちゃんは、運命論者で破滅願望持ちのくせに破壊願望もあって自分が嫌いだしそんな自分を好きなのは自分だけだって自己愛者だし犬が好きだしお母さんと馬は合わないけどやっぱどこかメンタルが似てるし絵を描くのが好きでポエムを書くのが好きだし料理は下手くそだしブスだしストイックかと思ったら堕落してるし。人はね、変わるよ。変わらないものなんて、きっとないよ。私ちゃんもいろんな経験を積み重ねていって、いろんなことを感じて思って、失敗して、学んで、死にたくなるような絶望を感じて、生きたいと思える希望を感じて、一瞬一瞬気持ちが変化していくんだよ。わたしたちの存在もそうだよ。私ちゃんの思ってる感じてることがわたしたちだよ。私ちゃんは薬を飲んでわたしたちをいなくさせようとしてるけど、寂しいけど、たぶんそれがいいんだよ。いいなんて誰にも分からないからいいんだよ。

それもそうだね。

私ちゃんは一人きりの部屋でつぶやき、そして薬を飲んで、眠りにつくのです。

 

 

なにも楽しくない

ここ数日間虚無でしかない。

先週日曜日に、バンギャル時代から仲良くさせてもらってるお友達と会って、嬉しくて、一緒にゲームのガチャなんかも回して盛り上がって、ノリでゲームを入れて、ひさびさに二次オタに戻るかな♪るんるん♪と思った二日後、私はそのアプリをやめ、その他にやり込んでいたゲームも半分は消してしまった。推しの画像も全部消してしまった。(容量がないだけでは?という質問はウケすぎるので採用します)

情緒が安定しない。

世間一般の人が働いてる間、私はなにをする気にもなれず、なにもしてないくせに疲れていて、頭痛もするしとずっと寝てばかりいる。

根暗なことをツイートしては消し、ツイートしては消しを繰り返している。一体なにがしたいのか。

ツイッターは私がその時感じた気持ちを後で見返すためのツールになっているので別にどうでもいいのだけれど。自分の感情が気持ち悪くて気持ち悪くて。

まぁ、それも日記アプリに記してあるんですけどね。どういうことを思っていたかというと

過去のものに対してなにも感じなくなっている自分は、今好きなものに関してもなにも感じなくなるのかなぁ、どーでもいいって思っちゃうのかなぁ、って思ったらもうなにも好きでいたくない

25歳まではまだある。時間はある。けどほんの少しだ。好きだったものも、もうどうでもいい。死ぬか生きるかなんて、病気であれ事故であれ50%50%なんだからさぁ。だからだれか助けてくれないかなぁ。

幼かったあの頃、入院して、死ぬ予定だったあの時、死んどけばよかったなんて何百回も思った。

あの時はみんなみたいに外を駆け回って遊びたかったしキラキラしたかったけど、病気が治った今、別の病気にかかってて真っ黒だなぁ全部。

とまぁ、虚無な内容である。

 

そしてメンクリに行けば、新しい薬は増えるし。私は一体どうなるんだよ。

なにも楽しくないし、生きててもいいのかわからなくて、ずっと苦しい。見捨てないで。見捨てて。殺して。殺さないで。という思いがメビウスの輪のようにグルグルグルグル鬱陶しい。

救いはありますかと虚空にたずねるけれど、返事はない。

病みすぎて悲しいので無理くりに遠征の予定を入れたけれど、楽しめるかなぁ。表情筋はちゃんと働いてくれると思うけれど、心はどうかなんて予測つかないから。

生きることを、がんばりたい。がんばりたいのに。

 

私の存在を認めてくれる神さま

お題「わたしのアイドル」

タイトルが、わたしのアイドルです。大げさですね。そう思われても仕方ありません。

この記事では私が推しているアイドルに対する思いだったりを自分なりに記してみようと思います。

 

ちなみに私は、地下アイドルオタク歴約9ヶ月のど新規です。

今までの趣味遍歴は、バンギャ→二次オタ(アニオタ、声オタ)→現在、に至ります。まさかのジャニオタにならずに地下アイドルのオタクをするという、タモリさんもびっくりな世にも奇妙な物語。周りの友達もジャニオタ経由してる子が多いので、すこし寂しいちゃんです。

推してるアイドルについてですが、一応、一推しとニ推しがいます。どちらともパフォーマスが好きです。あと笑った顔がだいすき。名前も似てる。

また私の情報になるのですが、遠征民ということを理由にしてあまり現場には顔出せておりません。多くて月2.3回くらいかなぁ。来年あたりには上京すると思うので、それを機に今よりはたくさん行けるのかなとわくわくしております。

 

直球に、私にとっての現場とはメンタルケアの場です。死にたがりな私は現場があるからなんとか生きていられる。まぁ現場の予定があっても死にたさは消えないんですが。現場の日はもうそれはyou are my 躁!躁!という感じで、気分もハイになります。推しのライブパフォーマンスがはちゃめちゃにかっこよくて、はちゃめちゃに大好きなので、サインバルタなんか飲まなくたって元気です♪

それにタイトルの通り「私の存在を認めてくれる」という点です。それは地下特有の認知であったり、距離の近さなんかも挙げられるでしょう。ですが、それよりも大きいのが、チェキ券にせよ特典券にせよ、それにお金を直接払っているということです。たまらないです。お金を渡すあの瞬間、私は社会の一人間として存在しているんだと感じることができます。(だから同じ理由で服やコスメもバカ買いしてしまう時があります。躁特有の症状やんけ!)

スタッフの方に現金を渡して、それと引き換えに券をもらった瞬間、私は存在してもいいんだなと感じます。

 

 

また、推しは神さま、の件ですが。はじめに、私は神さまを信用しておりません。神社にお参りしても機嫌が悪いと睨みつけて心の中で中指たててるほどの罰当たりです。(理由はありますが、めんどいので省きます。)

でも神さまというのは信仰する人がいて、はじめてその形をあらわしますよね。そんな神さまである推しを応援することで、私は信仰する『人』になれるのです。

 

お前はさっきから、認められたいとか、人でいたいから推してるのか?と聞かれれば、それは『はい』と言うしかないのですが。はじめはそんな不純な動機でした。

ですが、今は神さまとかどーでもいいけど、一生懸命頑張る推しを『アイドル』のままでいさせてほしい、そのために応援したいと思わせてくれて。なんだかそれが私には嬉しくて。

神さまは人々に忘れられたら消えちゃいます、鳥居だった壊されちゃうかも。それを阻止すべく、かつ神さまがより輝けるように、私は応援したいのです。

 

というのが私のアイドルへの気持ちです。

新興宗教の話ではありません。私は自分が嫌いですが、自分が嫌いだという自分しか信じられないし、信じたくないので。

 

みなさんにとっての推しはどんな存在ですか?

私にとっては、生きてもいい理由です。