gleam with you

フィクションかもしれないし、ノンフィクションかもしれない

地獄

さて、なにから書こうか。突発的にかの有名なはてなブログを始めたは良いものの文字を打つ手は止まっている。脳みそはパンクしそうなほどに、汚く、重く、ドロドロとした言葉でパンクしそうなのに。

年が明けて、リア垢では「ハッピーニューイヤー✨」だの「今年は成長できる一年にしたいです??」だのはしゃぎにはしゃいだ文字列がスクロールするたびに私の眼球を攻撃してくるのに、なんでこんなにも鬱屈な気持ちでいなければならないのだろう。

振り返ると年末から駄目駄目だった。何をするにもやる気が出ない。友達とカラオケでライブDVDや2.5次元ものの舞台を見て、うぇ〜〜〜〜〜いと盛り上がっても、それは一時的に痛みを和らげる麻酔のようなもので、ずっと苦しかった。何に対して苦しいのかはわからない。漠然とした将来への不安に対してかも知れないし、鏡を見ればいつもそこにある私の醜い顔面に対してかも知れないし、せっかく染めた髪色を黒に戻さなくちゃいけないことも理由に挙げられるのかも知れない。

とにかく私は死にたかった。色んな不安や気持ち悪さが重なりに重なって、大晦日の朝に爆発してしまった。それは父親と母親を巻き込んだ大爆発である。その事件を受けた私の本垢のツイートは大荒れもいいところだった。地獄か?そうだ、私はそんな地獄をここに置いておこうと決意してはてなブログを始めたんだ。地獄の釜の蓋、開きま〜〜〜〜す(非常に笑えない)

私は死にたかった。ずっとずっと死にたかった。いつ頃からだろう、私は漠然と25歳になったら死ぬのだろうと思って生きてきた。毎日が退屈だった。死にたいと思いながらご飯を食べて、死にたいと思いながら電車に乗って、死にたいと思いながらあたたかいベッドで眠るのだ。こんな私に、そんなことは贅沢だ!君の考えは間違っている!と説教する人もいるだろう。でも、そんな毎日を気づけば5年は送っている。なぜそんなに死にたいのか、考えてみた。

きっと結局のところ私は誰も信じることができないんだろう。それが会ったことのない他人も、友人も、家族も、自分自身でさえ。人を信用できないから、愛すこともできない。人を信用できないから、愛されることもわからない。なんて悲しい人生なんだろう。私の周りの人は少しずつ大人になっていっている。恋をして、その気持ちを相手に伝えて、付き合って、時には喧嘩をして、そして結婚して、長い間連れ添って、一緒に幸せに死ぬのだ。私はそれがとても気持ち悪く感じる。いや、私だってそんな幸せな人生を送りたいはずなんだ。でも自分の殻に閉じこもってばかりで、ずっと一人で泣いている。今までの人生、ずっと一人で泣いている。そんな私に優しく声をかけてくれる人もいた。「一緒に外の世界に出てみよう。あなたはかわいい、綺麗だ、美しい。自信を持って。今ならまだ間に合う」そう言って差し伸べてきた手を私はことごとく振り払ってきた。なぜなら私は醜いから。外面だけでなく内面も醜いモンスターであるから。いくら友人が酒やお菓子をばくばく食ってオールしてどんちゃん騒ぎをしている間に、栄養バランスの良い食事を食べて運動をして夜更かしもせずに早く寝ても、心も醜い私はいつまでたっても友人よりも誰よりも醜いモンスターなのだ。そんなことはわかっているし、変えられない事実だ。泣いていいですか?(小声)だからこそ、声をかけて手を差し伸べてくれる人たちの見え見えの優しい嘘が、心に深く突き刺さって、その手を払ってしまう。ますます私は自分の殻に引きこもった。

きっと私は今の私という存在になってからずっと暗く深く汚い海の底を漂っている。自分の口から発した言葉や誰に何を言われても断固として変わらない思想という重りに縛られたまま。誰か私を助けてほしい。こんな場所からでも微かに見える、天に差し込む一筋の光から誰か手を差し伸べてって願っている。助けてほしい。誰か私を引き上げてほしい。助けて。助けて。でも私はその奇跡の手を何回でも振り払うのだろう。そう考えたら、一体何をしたいのか、何のために生きているのかがわからなくなってきた。そんなことを考えながら、大晦日、私は一人ベッドの上で泣いていた。この後に決意したことは、例えぽんこつで鳥頭の私の脳みそでも忘れないと思っているので詳しくは記述はしないが、死ぬと決めた日まで死なないことを目標に生きることにした。その計画書は私の胸の中にあるし、これからさらに構築していかなければならない設計書でもある。私は死なないためにもある人を私の光として崇め讃えることにした。前から好きだったけど、何をすればいいのかわからず一人布団にくるまっていた私の耳から彼の声が伝導して私の心に強くあたたかく響いたのだ。救世主だと思った。だから彼をより一層好きになろうとした。だって私の光だから。

話は戻るが、私は人を信じることができない哀れな人間(ってカテゴリにしていただきたいです、まだ)である。けれど私だって恋愛とか友情とかなんでもいいから誰かを心から信用して愛してみたかった。でもそれができなかった。その代わりが二次元のキャラや芸能人だ。一方的に愛するだけでいいから、レスポンスは返ってこないだけの関係でいれるから。それらの存在が死にたいと毎日思っていたかつての私の心の支えでもあった。けれどそんな彼らでさえ、私は深くまで知りたいとは思わなかった。気持ちが悪いのだ。幼い頃から、対象を知れば知るほどに気持ちが悪くなる。これは心理的な問題だ。だけど、そう思っていたけれど、もういいやと思う。もうどうでもいい。彼を知りたい。彼は光だから。これから目を背けていた事実も受け入れて、光として崇め讃える彼を利用して生きていこうと思う。これが私の地獄であり、生きる世界です。

何言ってるかわかりませんね。私もわかりません。脳内に浮かんで溶けていることをそのまま文字として打っているので。

これから私は短い間だけど生きていきます。がんばりましょう。