gleam with you

フィクションかもしれないし、ノンフィクションかもしれない

幸せへの変換

たぶん私はこれがうまくできない。

例えば、私が服やら靴やら…まぁ自分が身につけるものを買うとします。それらを着用することによって得られる、「幸せだなぁ」と感じる得点って100ある内の〜10くらいなんですよね。可愛い服を着て、靴を履いて、それに見合う化粧やヘアセットをしても、鏡の中にいる私は醜いので。これが、元から美しい人である場合、「私!幸せ!ルンルン!」と感じる得点は100以上になると思うんです。

つまり私は、身体醜悪であったり自己肯定感の低さから、本来嬉しいと感じるべきことをうまく変換できず、苦しんでいるわけです。それは自業自得なのですが。

まぁ今回は仮に「幸せ」と定義しておりますが、幸せなんて人それぞれ違うわけで。私の語彙力の低さもあるので、もしこの記事にたどり着いてしまった不幸な人は、真面目に受け取らないでくださいね。

不幸と言えば。

最近思うのですが、私にとっての「不幸」とは誰かと「幸せになる」ことであり、逆に私にとっての「幸せ」とは誰かと「不幸になる」ことなんじゃないかな。私は、そんなことは起こり得ないとは理解しているのですが、誰かにプロポーズされた時に、「君を幸せにする」とは言われたくないです。私は「一緒に不幸になろう」と言いたいのです。おてて繋いで一緒に死んでくれる人、それが私にとっての救済なのかもしれません。