読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

gleam with you

フィクションかもしれないし、ノンフィクションかもしれない

それは奇跡でも運命でも救済でもなく、ただの偶然であったことは知っていたけど、見て見ぬふりをしていたけど、さすがに疲れてしまいました

お題「今日の出来事」

 

タイトルクソなげぇわ。

ということで一ヶ月ぶりくらいのブログ。はてなブログからも「ブログ更新してくれ〜」というメールが届いたことや、最近の自分の気持ちをまとめる目的もあってブログかきかきンコするンゴ〜(は?)

まぁタイトルが結論なんですが、せっかくなんでお題に沿って書いていきましょうか。

今日の出来事って言っても、昨日から引き続きの鬱で、目覚めた瞬間絶望したところから始まりました。今日だけではなく最近はずっと、目が覚めてしまうこと、私が生きていること、私が私でいること、私が存在していることに落ち込むところから朝が始まります。朝は怖いです。寝ている間が一番幸せです。朝は目が覚めて生きていることに絶望し、昼はうまく動かない身体を引きずりながら「せめて身体くらい元気でいたかったのになぁ!この虚弱体質が!クソ!」と絶望し、夜はあと数時間したら朝が来て一日が始まってしまうことにパニックになってしまい、朝が来るのが怖くて、朝を待つ時間が苦痛で、ソラナックスの副作用あるいはマイスリーを飲んで夜をやり過ごす、そして朝には・・・といった毎日を繰り返しております。正直とてもキツイです。でもでも私以外の多くの人は、私以上に動いていて、私以上に精神的ストレスを与えられていて、それでも元気に頑張ってるのに、なんで私はこんなに恵まれた環境に甘えさせてもらってるのに、自分で勝手に転んでメソメソ泣いているんだろうと毎日思っています。

働いている期間は食欲がなくて、お腹が空いていても、目の前の食事を見るだけでウゲッとなってしまうのですが、休日は過食がとまらなくて。今日も朝から食べたくもないお菓子(基本的に普段は嗜好品はあまりとらないようにしてます)を食べまくっています。何もしていないと、いろいろなことを考えてしまい、さらに鬱が加速して「ウギャーーーー!!!!」となってしまうので、咀嚼して嚥下することで逃避しているのです。夕飯を食べている時も、なぜか突然「アホみたいにおかわりして、それらを全部お腹につめこんだら、今の状況から脱却して、幸せになれる!」という思い込みが頭に降りてきて、実行したところ、案の定胃袋は破裂しそうなほど膨らみ、苦しくて、後悔してしまいました。そうです、アホなのです。もう涙すら出てきませぬ。アホすぎます。

逃避と言えば、過去の記事を読むと分かるように、私はある人を光として讃えて、彼を支えに生きていくと決めておりましたが、最近はそれもできなくなってしまいました。好きという気持ちがわからないのです。本当に私は彼のことが好きだったのでしょうか。私が好きだと思い込んでいただけで、あの時感じた、救われたという気持ちも、私の脳みそが勝手に思い込んだだけで、私は彼の何を好きでいたのでしょうか。悲しいです。好きだったものすら、信じられなくなってしまいました。私自身が、私の「すき」という気持ちを許してくれないのです。なんなのでしょう。私は私が頑張って生きることすら邪魔してくるのです。本当に嫌です。躁ちゃんと鬱ちゃん(と勝手に命名した、躁状態の私と鬱状態の私)とは違って、彼の声を聞いて「やっぱり好きだなぁ」と泣いてしまう私と、そんな私に「その気持ちは本当か?てめーはただ利用してるんだろ?それに彼はお前を救ってくれるわけでもねーよ」とイヤホンを外して彼の声を聞かせまいとする私がいるのです。たちが悪いです。

でも、そんな私は私のことが好きみたいです。だって私には私しかいないから。今まで連れ添ってきた戦友だから。

先生にもそのようなことを伝えました。そして「私は私の性格が嫌いだし、性格を直したら私が楽になるのは分かってるけど、そうしたら私ではなくなるのではないか怖いのです」と言ったら、ギョギョ?!🐟みたいな驚いた顔して、「それは哲学ですね…」と言われました〜ハハハ〜哲学か〜。結局のところ、薬を飲んでも、人に優しい言葉をかけられても、私が私である限り、私が私を許さない限り、私はいつまでも苦しみ続けるのでしょう。

明日からまた月曜が始まりますね。みなさん、がんばりましょうね。